理不尽に感じても神に従え
先週土曜日に礼拝を捧げてきました。
今回は、シュナ子のためのメッセージではないかと感じました!
礼拝に参加できて本当に良かったです😊
前回の出来事
アラムが北イスラエルに攻めてきました。
アラムは北イスラエルよりも兵力が段違いに優っています。
北イスラエルの王、アハブは弱腰だったのですが、
そんな彼に、預言者を通して主の言葉がありました。
それは、北イスラエルが大勝利するからアラムと戦えというものでした。
そこで、北イスラエルの王、アハブは少ない軍勢を率いてアラムに戦線布告します。
目に映る状況では全く勝ち目は無くても、神の言葉に従い、北イスラエルはアラムに大勝利を納めました。
第1列王記 20章22節〜43節 概略
上記の戦いが終わった直後、預言者がアハブ王に言いました。
「さあ、奮い立って、これからなすべきことをよく考えなさい。来年の今ごろ、アラムの王があなを攻めに上って来るからです。」
これは、神がアハブの信仰を確認するためのテストの予告です。
そのころ、アラムは北イスラエルとの戦いの作戦会議をしていました。
王の家来たちは、イスラエルの神は山の神。前回は山で戦ったから負けた。
だから、次は平地で戦いましょう。そうすれば勝てるはずです、と進言します。
イスラエルの神は山の神、というのが、そもそも間違っているのですがね・・・😅
こうして北イスラエルとアラムは再び戦争をしますが、
アラムの軍隊は「この地に満ちていた」と記されているのに対し、
北イスラエルは「二つのちいさなヤギの群れのよう」とあります。
つまり、アラムは大軍でイスラエルの兵力はごくわずかということ。
それでも預言者は「主はこう言われる。『アラム人が、主は山の神であって低地の神ではない、と言っているので、わたしはこの大いなる軍勢をすべてあなたの手に渡す。そうしてあなたがたは、わたしこそ主であることを知る。』」と言いました。
そして戦いの結果は、北イスラエルの圧勝となったのです。
この時アラムの王ベン・ハダドは逃げて助かり、
イスラエルのアハブ王に命乞いをします。
アハブはそれを好意的に受け入れました。
そして、ダマスコに市場を出してもいいというベン・ハダドの言葉に、
アハブ王は喜んで契約を結んでしまいました。
これはいけません。
イスラエルの王アハブは主と契約を結んでいるのに、異教の地と契約を結んではいけないのです。
アハブ王大失敗!
アハブは、大国アラムに勝利したことに傲慢になったのかもしれません。
また、アラムと手を組んで、アラムの先にある敵国、アッシリアの盾になってほしいと期待したのかもしれません。
これらの打算で、ベン・ハダドが命乞いをしてきた時、アハブ王は、ベンン・ハダドと契約することが神の御心と見誤ったのかもしれませんね。
20章35節から37節では、預言者の1人(預言者A)が主の言葉に従って、他の預言者(預言者B)に「私を打ってくれ」と言いましたが、
そう言われた預言者Bは打つことを拒みました。
預言者Bは、仲間の預言者を打つ理由は無い、そんなことは出来ないと思ったのでしょうね。
すると、その預言者Bはライオンに殺されてしまいました。
どんなに、意味が分からない、理不尽だと思っても、主の言葉に従わなかったものは主の怒りにふれるということを、預言者Aは実体験として学び取ったのでしょう。
預言者Aは変装して、アハブ王に会いに行き、こう言いました。
「しもべが戦場に出て行くと、ちょうどそこに、ある人が一人の者を連れてやって来て、こう言いました。『この者を見張れ。もし、この者を逃しでもしたら、この者のいのちの代わりにおまえのいのちを取るか、または、銀一タラントを払わせるぞ。』ところが、しもべがあれやこれやしているうちに、その人はいなくなってしまいました。」
するとアハブ王は彼に言った。「おまえは、そのとおりにさばかれる。おまえ自身が決めた通りに。」
預言者Aは、変装を取ると、アハブ王は彼が預言者の一人であることに気づいた。
そして預言者Aはアハブ王に言った。「主はこう言われる。『わたしが聖絶しようとした者をあなたが逃したので、あなたのいのちは彼のいのちの代わりとなり、あなたの民は彼の民の代わりとなる。」
これを聞いたアハブ王は不機嫌になり、激しく怒って自分の宮殿に戻っていきました。
預言者Aは、ここでたとえ話しをしています。
しもべはアハブ王、ある人は神、敵の捕虜はベン・ハダドです。
アハブ王は自分の事だとは気づかずに、「おまえはそのとおりにさばかれる」と言っています。
預言者Aは変装を取って、たとえ話しの意味を伝えましたが、アハブ王は悔い改めず、不機嫌になり、激しく怒ってしまいました。
そのため、アハブ王はテストに落第、後に裁かれ、殺されてしまいます。
ダビデもバテシェバとのことで罪を犯した時、同じように預言者ナタンによって罪を指摘されましたが、ダビデはすぐに悔い改めたため、許されました。
ここで悔い改められるかどうかが、大きな分かれ道ですね。
本日の適用
牧師の適用は、「失敗後の対処に失敗するな」でした。
私たち人間は神に罪を犯す存在です。
この世に罪を犯さない人間は一人もいないからです。
そして神はいろいろな方法でその罪を私たちに伝えてくれます。
私たちは、それに気づいたら罪を認め、悔い改める必要があります。
それは、神が与えてくれる豊かな人生を豊かに歩むための軌道修正だから。
悔い改めることは、神の祝福に繋がります。
分かち合いにて
シュナ子は、今日のメッセージで、理不尽だと思っても神の御心には従うべきだというところで、思うことがありました。
実は仕事で、病棟へ異動命令が出たのです。
もともと病棟看護は好きではないし、向いてもいないと思っていました。
でも、うちの病院は看護師の異動が激しい。
いずれは異動になるにしても、病棟以外ならいいけど、
もし病棟になったら辞めようかな、と思っていました。
そんな中、手術室の職場環境が年々悪くなり、
シュナ子はここ数年、ずっと祈っていました。
働きやすい職場をお与えください、と。
そして今回の病棟異動です。
異動を言われた直後はショックで、呆然としてしまいました。
「これは、辞めろということか・・・?」
そう思っていたら、偶然、お世話になった前の師長にバッタリ会いました。
病棟異動になったことを話すと、師長はこう言いました。
良かったじゃない!落ち着いてる病棟だし受け持ちも少ないし。師長の間でも、その病棟は今メンバーも穏やかでいいよねって言われているのよ!4月からパートナーシップも始まるから二人ペアで動けるから大丈夫。看護部、ちゃんとシュナ子ちゃんのこと、考えてくれたね!
これを聞いたシュナ子は、心が一気に明るくなり、嘘みたいに前向きになれたのです!
その後、現師長と話した時も、「その病棟で良かったね、救急外来や外来だと、パートナーシップは組みにくいから、一人でやらなきゃいけない、今回の病棟の方が良かったと思うよ」
とのこと。
この言葉でも救われて、立て続けに不思議だな、って思ったんです。
そして今回の礼拝で、神の命令には従うべし、と聞いて、さらに気持ちが前向きになりました。
大好きだったはずの手術室での仕事が、不思議と、どんどんつまらなく、苦しくなってきて、
神様に祈っていたら今回のこの異動命令。
きっとこれが御心でしょう。
今回の礼拝で、それが確信に変わりました。
分かち合いでもそのことを話したら、
リーダーも応援してくれまいた。
神は、私たちに御心が分かるように教えてくださると。
あのタイミングで、めったに会わない前の師長に会って、励ましの言葉をもらって、
心が平安になったことが、御心の証拠だと思います。
御心であれば祝福されるはずです。
もちろん、仕事を覚えるためには努力も必要だし、大変なこともあると思うけど、
きっと、その中に喜びを見出すことができるはず。
そう思って、今は新しい職場に希望を持っています。
だって、主は良いお方だから。
私たちクリスチャンの幸せを願っていてくれるから。
私たちに良い物しか与えない。
与えられた苦労もやがては益になるものばかり。
そして少しずつイエス・キリストの似姿に変えられて行くんですね。
シュナ子は、まだまだですけどね〜💦
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